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松本潤担ブログ @ニューヨーク830番地

遠くても。同じ空の下、繋がってるよ、とあなたが言ってくれるから。

あれから10年…

昨日は9月11日。

9/11/2001から10年の記念日でした。

私の職場でも敷地内をたくさんの国旗で飾っていましたが、今年は日曜日に当たったので特に式典らしきものはありませんでした。(今週やるみたいだけど…。)

ニューヨークの日本総領事館からは在留邦人にメールでテロの注意を呼び掛けていました。

でも特に何も起こらずよかったです。

ここでも以前書いたけれど、あの日、私は28丁目付近にいました。

飛行機がビルに突っ込んだとき、スペイン語の授業を受けていました。

その教室に窓はなく、授業を終え、

ラウンジの窓から見た黒い煙がきれいな青空を汚していく様をクラスメイトたちと眺めました。

地下鉄はストップしていて、来るバス、来るバス、満員。

でもしばらくすると満員バスに続いて来た空いているバスに乗ることができました。

メトロカードを入れようとしたら、ドライバーが必要ない、というジェスチャーをしたのでバスが無料でした。

駅に着くと、駅の出口にはシャッターが降りていて、周りには黒山の人だかり。

でも5分もするとシャッターが開いたようで、人の群れが前に進み出して駅の構内に降りることができました。

そしていつもの電車にいつも通りに乗り、席につき、何10分か待ち

電車が満員になった頃、静かに出発しました。

たくさんの人がマンハッタンから出ることが不可能になったあの日。

その電車が、事件後、各路線の終点に向けて出発できたその日最初で最後の電車だったと知ったのは

帰宅後ニュースでたくさんの人が徒歩で橋を渡っている模様を目撃した後でした。

あの後、できるだけ平常通りの生活に戻るように、という市長の呼掛けで

私の通っていた市立大学は翌々日には授業を再開しました。

でも生憎、校舎の斜め向かいには行方不明者の連絡所になっていた陸軍のオフィス。

泣きながら写真つきのポスターを掲げ愛する人たちを探す人々や

それを映すテレビカメラのクルーやインタビューアーを掻き分けて校舎に入ることが

とてつもなく辛かったのを憶えています。

あんまり辛くて結局翌週にその大学は中退しました。

私の9/11の思い出です。