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松本潤担ブログ @ニューヨーク830番地

遠くても。同じ空の下、繋がってるよ、とあなたが言ってくれるから。

アメリカ人と観た「陽だまりの彼女」 その2

前回のエントリ、アメリカ人と観た「陽だまりの彼女」の続きです。

ネタばれを含みますので、本編をご覧になってない方はご注意ください。

映画を観終わって、まずみんなが口にしたのは

Why? (なんで?)
How? (どうやって?)


どうしても真緒が真緒として現れたトリックが気になって仕方がない様子。

考えてみると、私たち日本人は「鶴の恩返し」のような、変身の過程には触れずとも話が進むことを「そういうもの」として素直に受け入れる傾向がある気がします。

例えば、桃太郎が桃から生まれたことを深く追及するような子どもはかわいげがないと一刀両断にされてきたはずです。

そんな社会的な背景があって、大下の婆さまが具体的にどうやって真緒を真緒にしてやれたのか、そこにこだわって映画を観た人はいないんじゃないかと推測します。

でも、アメリカ人の場合、例えば狼男は月というトリガーで変身するし、人魚姫は魔女に貰った媚薬を飲んで変身する、という因果関係がはっきりしている物語ばかりを聞いて大きくなっています。

シンデレラは魔法使いのおばあさんがビビディバビディブゥ!と呪文を唱えてくれたし、さらに変身の過程を楽しむ、という育ち方をしているんでしょう。

だからこそ、一同、大下が何者なのか、はっきりとした言及がなされないことにもやもやし、どうやって真緒の願いを叶えたのかをはっきりさせたがりました。

でもね、そんなこと私に聞かれてもしらんがな!

野暮なことお言いじゃないよ!

まぁ、大下の婆さまが魔法使いだったと考えるのが一番消化不良を起こさない説明みたいだったので、私はそう思う、と言っておきました。

そして、ひとりの生徒さんが面白い見解をシェアしてくれました。

曰はく、

「あの御守りが鍵に違いない。あの御守りのパワーで姿を変えたんじゃないか。」

なるほど。

確かに、ちび浩介が御守りを首にかけてやって、御守りはずっと真緒の元にありました。

そして、一旦は浩介の手元に戻った御守りは、別れの前に真緒の手に返されます。

これがあったから、桜の季節にまた再会できたのかもしれませんね。



アメリカ人からすると、浩介の一人暮らしのアパートはとても狭くて驚いた様子。

バス&トイレは見えませんでしたが、基本あの1Kが居住スペースのすべてと言ったら面白がっていました。

会社員なのに自転車通勤するの?という質問は車社会(車なし=貧乏)の土地柄ゆえかもしれませんが、浩介と新藤さんを比較した時、果たして浩介はイケてないから自転車なのか?と思った子もいたようで。笑
日本では、自転車は通常の交通手段であり、別に貧乏だからではない、と説明しておきました。ハイ。
(ちなみに、ここいらでは自転車は車道を走らないといけないので危険だし、冬は寒いしで、見るからにエクササイズ目的以外で自転車乗ってると変な目で見られるんですよね。)

鎌倉の神社にデートで行くっていうのも、面白いと捉えられていました。なるほど、アメリカ人は教会や寺院にるんるん気分でデートに行ったりはまずないですからね。

あと、みんなが意外だった、と言ったのは、ビーチボーイズとクリスマス。
日本の映画であんな風にアメリカの音楽が使われるなんて思っていなかったし、日本でもクリスマスを祝うんだね、って。
あの人たちクリスチャンじゃないよね?神社でお参りしてたし。ってな感じ。
もちろんアメリカもクリスマスは宗教的な色合い以外の部分でもイベント化されているきらいはありますから、Hallmark Holiday的なこと、と言ったら納得してくれました。

浩介の家に担任が訪ねてきたシーンに補足して、ああやって問題を起こさずとも、日本は小学校から中学卒業まで担任による家庭訪問が年一である、と言ったらびっくりされました。アメリカではあり得ないですからね。アメリカは親が学校に出向くのみです。

まだほかにもいろいろコメントをもらったのですが、「陽だまりの彼女」は最近の日本の文化・習慣とアメリカのそれの違いを知るのにとても良い教材だと思います。

日本の伝統的なものと近代的なものとの融合させ具合とか、和洋折衷な様子とか、普段ゲイシャ・サムライ・スシ・テンプラ=ジャパンと思っている人には目から鱗でしょう。

でも私がプロモートしたいのは、そういう今の日本の姿なんですよね。

奇しくも嵐さんがJaponism押しで行くようですが、私がおすすめしたいのはどっちかというと、欧米人が抱く日本のイメージを覆すような、着物とか富士山とか歌舞伎とか、そういうのもあるんだけど、そればっかりを前面に押し出していない、「普通の」日本。

もちろんゲイシャ・サムライ・歌舞伎、みたいな目に見えて「和」っていうのは喜ばれるんですけどね。



毎度長くなってすみませんが、もう一回続きます。

映画中に見られる日本的なコミュニケーションのことなども書いておきたいと思います。