「ありがとう」の気持ち
興奮、依然冷めやらぬまま。
その後潤くん指揮企画の部分を数度リピしました。
何度見ても感動や衝撃が目減りすることはなく、あの演奏がみんなの魂の込められた「本物」だったことを再確認。
ただ私のブログは御存知の通り、私の溢れる潤愛を吐露する場なため、ついつい、潤くんのことばかりを語ってしまうのです。
でもそれは、今回の企画に於いては潤くんが最も怖れることだったと思います。
本来スポットライトを浴びるべきは被災地の高校生たちであり、自分ではない。
伝えたい気持ちは彼らのものであって、自分は単なる媒介であるべきだ、と。
自分が指揮をすることで自分ばかりが注目され、そのスポットを奪い取ってしまうだろうことを、あの潤くんが気にしなかったわけがないと思うのです。
なので、しつこいかとは思いますがもう一度、今度は吹奏楽部員さんたちの気持ちについて触れておきたいと思います。
彼らの「ありがとう」の気持ち。
武道館の屋根を越え、日本中に、世界中に。
確かに届きました。
日本から遥か7000マイル離れた、世界の片隅にいる私がそう言うんですから間違いはありません。
災害により平穏な日常生活が覆される経験をした彼らが、失ってしまったもののことを考え虚無感に襲われたり、力のない自分に苛立ったり焦ったり、はたまた将来に希望が持てなくなったりということもあったかもしれません。
そんなときに触れた見ず知らずの人の温かさ。
親睦会の時に語られたそれぞれの夢。
驚くほどに皆「誰かのために」と思っていることを嬉しく思いました。
辛い目にあった彼らだからこそ、今度は自分が誰かを助ける立場に立ちたいと、より強く思うのかもしれません。
寄贈された楽器とともに今を精一杯生きる彼らの、そのひたむきな強さがあの演奏から伝わって来ました。
みんなで気持ちを一つにして奏でる「ありがとうのメロディー」。
一人ひとりのその強い思いを一手に受け止め、まとめ上げたのが嵐の松本潤という知名度も話題性もある人だったのは、あるいは彼らにとっては幸運なことだったのかもしれません。
なにしろ松本潤が指揮をやるから演奏を聴いた人も多くいたはずですから。
私も明らかにその一人でしたが、潤くんが指揮云々を置き去っても余る程、気持ちを受け取る事ができました。
潤くんが言った「自分がやるべきことじゃないのかもしれない」という言葉の重み。
でも彼が入ることによって、より広く、その想いを伝えることができるのなら。
自分の存在が諸刃の刃に成り得ることを認識した上で、その全責任を背負い込むことを良しとした潔さ。
なんてココロが男前なんでしょう!(見た目も男前だけど!)
またしても惚れずにはいられません。
演奏予定時刻が迫るに連れ、挙動不審になる潤くん。
相当緊張していたんだと思います。
V振りで思いっきり噛んだし、指揮棒を持つ手がかすかに震えていました。
でもいざ指揮台に立ったら皆をリラックスさせるような笑顔。
潤くんがパフォーマンスを楽しんでいるのが自ずと生徒さんたちにも伝染したんでしょうね。
皆さん、堂々として立派で、見ていて清々しい演奏でした。
舞台裏の風景も拝見しました。
寄せ書きを貰った後、
「ずっと応援してるから、頑張ろうね。」
と言った後に、
「頑張ってね。」
と言い直した潤くん。
今回一緒に演奏することで、相当な一体感を得ていたのだなぁ、と思いました。
つい(一緒に)頑張ろうね、と言ってしまったけれど、潤くんはすぐに自分の忙しい日常に戻り、彼らとはきっともう同じ形で会うことはないでしょう。
これから故郷の復興や自分達の将来の為に頑張っていくのは彼ら自身であり、潤くんは間接的にしか応援できなくなってしまう。
目指す未来は同じでも、これからは別々に。
それが現実であるがゆえに、少し切ない気がしました。
でも大丈夫。潤くんは言ったことは必ず全うしてくれるから。
ずっと、きっと世間が被災地のことを忘れかけても潤くんは忘れないでいて、皆が思い出せるようにしてくれる。
明るい未来を築きます、って誓ったもの。
それが潤くんの使命なんだと思うから。
今回のこれも、潤くんの天使のお仕事だったんだよね。
…って、結局また潤くん語りに戻ってしまうしょーもない私。申し訳ない m(_ _)m
石巻好文館高校吹奏楽部のみなさん。
潤くんと過ごした時間がかけがえの無いものだったと言ってくれてありがとう。
潤くんと一緒に素晴らしいパフォーマンスを届けてくれてありがとう。
勇気を持って前向きに生きてくれてありがとう。
皆さんの未来が明るく健やかなものでありますように!